標高6800mでの葛藤

9月25日
今から365日前はネパールヒマラヤ・マナスルのC3(6800m)にいた。サミットプッシュに備え前日C3に入ったが、先行しているルート工作隊のシェルパがクレバスに落下し負傷してルート工作は中止に。9月25日にBC下山。日程も終盤に差し掛かり登頂に絶望感漂う。登り返す労力は相当なものだし、なによりも気持ちを維持するのが大変だった。憧れの8000m峰の頂に立ちたい。その気持ち一心だったと思う。その時の気持ちが当時の日記に書かれていた。

「9月24日夜…
とにかく全力を尽くした山登りがしたい。あの時(体調好調も悪雪に阻まれ敗退したアマダブラム2013)のような悔しさをまた味わいたくわないのだ。しかしながら、マナスルという大きな大きな山の中腹で、人間は小さい。」

その後、最後の最後にルートが繋がり、サミットプッシュのチャンスを得られたのはまさしく幸運でした。8000m峰への挑戦は一生に一度のようなもの。なによりも圧倒的な山の大きさと、空の色、そして希薄な酸素が印象的。ふとマナスルで記していた日記を読んでいました。
写真・2015年9月25日、マナスルC3から上部を望む。右端の岩峰上がC4(7400m)。左の鋭峰が山頂前衛のピナクル。山頂はその背後でC4まで望むことはできません。この後BCへ下山。この時の気持ちは非常に重かったです。
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