K2(8611m)へ
2018年5月25日
成田空港です。まもなく出国。
縁があり参加することになりましたカラコルム山脈・K2(8611m)遠征2018。
初めてのパキスタン、2度目の8000m峰。
多くの激励の言葉、数々の壮行会、ありがとうございました。K2という山と対話できる唯一無二の貴重な時間。「常に冷静」を意識して、楽しんできたいと思います。必ず帰国するということを約束して。皆さんまた帰国したらどうぞよろしくお願いします。
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K2という山の影響力の大きさ
3月21日
「K2」という山の影響力を体感する日々。山をやる人なら誰もが知ってて、誰もがそのイメージは...、考え過ぎないように意識する日々。赤岳鉱泉では小屋番達からネタにも使われ、もはや何度「K2」という言葉を聞いたことか。特にK2を経験している山岳ガイド氏からの話は貴重でした。先日は1996年の日本山岳会隊の報告書を頂戴しました。赤岳鉱泉を通じて、マジックマウンテン様から協賛品もいただきました。身が引き締まります。山仲間から個人的に餞別もいただきました。各々に感謝です。この冬の赤岳鉱泉での日々も25日まで。
K2(8611m)
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ご報告です。ご縁がありまして、2018年夏にパキスタンカラコルム・K2(8611m)峰に挑戦します。2015年12月末に挑戦した飯豊連峰で今回の登山隊の存在を知り、2016年11月に訪れたネパールヒマラヤでBCより仰ぎ見たマカルー(8463m)の巨大な勇姿に心を動かされたのがきっかけで、今回の登山隊に参加することを決めました。これまでは直にお会いした方や年賀状でのみお伝えしていましたが、周りも騒がしくなってきたので、30年目を迎えたことを契機に報告させていただきます。海外登山ではその都度で思ってきましたが、今回もまた登山人生最大の挑戦です。この週末は遠征に向けての梱包作業で、共同装備の他にも現段階で送れる個人装備(BC用テント、高所服他多数)を送りました。大人数での登山隊は初めての経験で勉強になります。ひとつの大きな仕事が終わりましたので、山登りに励んでいきたいと思います。ご指導ならびにご支援をいただければ幸いです。明日は日本一のお山・富士山へ。

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遠征事前発送品
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☆★☆事前にパキスタンへ発送した物☆★☆
・BC用テント一式(村上提供・本体、フライシート、スノーシート、ポール)
・MEダウンジャケット上(赤)
・MEダウンジャケット下(黒)
・WMシュラフカバー
・WMシュラフ(厳冬期・極地用)
・オレンジ袋
『スマートウール下着[グレー]
靴下(新品)×1、最強ウール手袋(新品)×2
ヘリテイジオーバー手袋ミトンタイプ
ヘリテイジダウンミトン
目出帽[予備用・ヘリテイジ]』
・カモシカ袋(小)
『マムート・アコンカグアジャケット
マムート・青×それぞれ1
半袖×2(木曽御嶽剣ヶ峰T&パタゴニアオレンジT)、長袖×1(ローリングス)
マムート・デナリタイツ×1
靴下(長)×1、下着×3
手ぬぐい(剱沢小屋)×1
タオル(愛工大名電)×1』
・テントロールマット(緑・BC用)
・テントマット(黄・山用・7分・新品)
・エアーマット×2
(サーマレスト・赤・7分丈&プロモンテ・オレンジ・全身)
・銀マット(大・新品・共同用)
・ツェルト[共同用・ゴアライト1~2用]
・アイゼンG12(マナスル登頂時使用・高所三重靴仕様フロントバックル)
・アイススクリュー(共同・4本)
・テルモス(900ml・サーモス・新品)
・プリムスコンロ[共同用]
・コッヘル大[共同用])
・長靴
・サンダル(紺)
・防寒ゴム手袋×1
・Pボトル

★今回パッキングしなかった主な物★
・スポルティバスパンティーク
・スポルティバ高所三重靴
・パタゴニアつなぎキャプリーングレー
・アウターシェル上下
・ピッケル、ハーネス、登攀具他
・ペツル・ストップ(懸垂用、ディッセンダー)
・アイゼン(G14)
・青袋・着替え
・チェーンスパイク
・手消毒ジェル、髭剃り、シャンプー系・歯ブラシ歯磨き粉系、リップクリーム、折りたたみ傘、本、カメラ、
・・・その他多数
大同心大滝〜大同心稜〜硫黄岳
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1月21日
今夏の遠征訓練で大同心大滝へ。
その後は大同心稜から八ヶ岳稜線に上がり硫黄岳から周り下山。

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物語の始まり
この遠征の発端は2015年12月27日〜2016年1月1日、5泊6日の飯豊本山であった。はてしないラッセル。風雪の中の飯豊本山山頂。12月31日夕方、山行中で唯一晴れ姿を現した飯豊連峰主稜線、三国小屋より望む大日岳。とてもとても印象深い山旅は新潟山岳会の方々に誘われ参加した。あの時、切合小屋だったか、同行した穂高さんがポツリと「K2遠征に手を挙げてて…」と言った。マナスル遠征から帰ってきた僕は次の海外遠征の事など考えられず、酒を飲みながらうわの空で聞いていた・・・。断片的の記憶しかない。
あれから年月は流れ・・2016年夏は南アルプス・北岳で働いていた。その間、秋に友人とヒマラヤに行くことが具体化し決まった。高所未経験のその友人の「ヒマラヤを見たい」という思いに応え同行を決めた。行き先は足さえ動けばいつでも行けるエベレスト街道などは除外し、私の意向で外国人のほとんどいない昔ながらのネパールヒマラヤが残るマカルーエリアに決めた。私はネパールは6度目であったが、マカルーエリアは初めてで楽しめた。マカルーBCからの帰りは地元の放牧に来る村人しか知らない絶景の道を辿り同行のシェルパの故郷の村を訪れおもてなしを受けたりと忘れられない旅になった。日本では味わえない高所の苦しみや、ヒマラヤのスケールの大きさを体感した友人にとっても唯一無二の経験になったと思う。
マカルーBC(4700m)からは目の前に標高差3700mほどでマカルー(8463m)が聳え立っていた。余裕があった私はマカルーを眺めながら、またヒマラヤの高峰にいつか挑戦したいなと思う自分自身がいた。
マカルートレックからジープやローカル夜行バスを乗り継いで首都・カトマンズに戻り翌日からはランタン谷を初めて訪れる。昨年4月25日のネパール大地震による被害が最も大きかったといわれるランタン谷。村が消失したランタン村をはじめ、大自然の猛威を見せつけられるか、人々は笑顔で強く生きていた。厳しい環境の中でとても印象的。1度しかない人生、精一杯生きなければと思う時間だった。
日本に帰国し、いつもの日常に戻りながら、もんもんと考えていた。何故かネパールから帰国後あまり山に気は向かなかった。
写真を整理しながら、日本の山旅やこれまでの海外の山旅、マナスル遠征の写真を眺めながら、そう言えば穂高さんがK2の事を言ってたな・・
あまり深くは考えずに連絡をしてみた。2017年1月14日のことである。くしくもその前日の1月13日にK2の初登頂をしたイタリア隊の一員で最後の生き残りアブラム氏が95歳で永眠していたそうだ。それを知ったのは小屋番をしていた八ヶ岳から下山してきた3月10日に本屋で読んだRock&Snowの特集でである。



蔵王・仙人沢アイスクライミング

2月12日
昨日は蔵王・仙人沢へ。風雪の中のアイスクライミング。ボルダー氷柱、糸滝、ミニ氷柱を登りました。久しぶりの天然氷は硬く私のレベルでは登りきるのがいっぱいいっぱいでしたが楽しめました。大変に忙しい2月週末に休暇をいただきました。赤岳鉱泉の関係者に感謝です。下山後は北国の岳人の皆さんとしんしんと雪降る中でのテントで大宴会。物語の始まりです。