アラスカ・デナリ(マッキンリー)No1
5月11日~5月12日
日本・羽田空港→アメリカ・シアトル→アンカレッジ

長い旅を経て、5月12日の1時過ぎにアラスカ・アンカレッジに到着。トランジットのシアトルでは主に肉成分のある食料品を没収される…。アメリカ入国では検査の段階も増え、いちいち開けられ検査された。
みそラーメン、パスタソース、ふりかけ等を没収される。。変に疲れた…。
5月12日の朝まで空港待機。お腹がすき、真っ先にマックを食べる(笑)味は同じ。

8時半過ぎに、「シロクマツアーズ」の方が迎えにきてくれ、オフィスで談笑し隣のアンカレッジゲストハウスにチェックイン。
早速ミッドタウンに買い物に出かける。
行きは徒歩で。銀行ATMで初めてお金を下ろしてみるが、無事に使用できホッとする。さすがは先進国(笑)
AMHで大型ダッフルバッグ、スノーシュー、スノーバーなどを購入。すぐ近くのREIでナイフ、ガス缶、細引きなどを購入。
大型スーパー・カーズにも行く。デナリに向けて食料などを購入。帰りは路線バスに乗り、ダウンタウンへ。

5月13日
アンカレッジ滞在

のんびりお昼前に起床。ふたたび買出しへ。AMHでは検討した結果、8000m峰用の高所登山靴(三重靴)を購入。しばしオーバーシューズ(160ドル)と迷うが、891ドルと日本での定価より5万円以上安いこともあり思い切って購入。やっぱり8000m峰に行かないとな(笑)日本から持参したスパンティークはペルーアンデスで使うこととする。他に簡単なカラビナ2つ購入。REIでは日除け帽子を購入。夜は日本人が店主の「やまやフーズ」で美味しい刺身とアラスカビールを味わう。
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アラスカ・デナリ(マッキンリー)No2
5月14日 快晴
アンカレッジ→タルキートナ→カヒルトナ氷河LP

朝6時45分頃にアンカレッジ駅まで送迎してもらう。8時20分のアラスカ鉄道でタルキートナ目指して出発!タルキートナ近くで、川の向こうにデナリ、ハンター、フォーレイカーが!初めての対面、感動!!
タルキートナ駅でアホみたいな巨大な荷物を持ってふらふら歩き出そうとすると、駅員のおっちゃんが苦笑いしながらタルキートナエアタクシーに迎えを呼んでくれる。タルキートナエアタクシーで荷物の準備、手続き。途中で公園事務所でデナリ入山の手続き、レクチャーを受ける。既に199人が入山していて、登頂者も出ているようだ。デナリへの挑戦がいよいよ始める。

タルキートナエアタクシーに戻ると、フライトは明日の予定であったが、今日は天気が良いからすぐに行けるぞ!みたいな雰囲気になり、本当に飛ぶことになった!(笑)会社のおっちゃんのノリが良くて笑えた(笑)ほとんど英語が喋れない自分らに対し、いろいろと世話をしていただき、本当にありがたかった!感謝。

セスナではパイロットの若い兄ちゃんに促され、助手席に・・!飛び立てばアラスカの大地が広がり、遠くに白き山並みが。
どんどん近くなって、巨大なデナリやフォーレイカーを眺めながらの最高の遊覧飛行!眼下には長大すぎる氷河。感動の時間であった。ほとんど揺れることもなく、山の間をセスナは飛行し、ハンターの麓にあるBCに着陸した。BCはテント村になっているが、まだまだ数は少なめみたい。
目の前に巨大なハンター北壁がどでかく聳え、デナリも大きい。いきなり白い世界に放り出されてしまって、しばし呆然としてしまう。本当に来てしまった…。
テントを建てまったりしていると、日本人の若い兄ちゃん登場。話をしているとTakaさんだった!共通の友人がたくさん(笑)
Takaさんは2人パーティで、ハンター北壁を登るという・・・ヤバいとしか言いようがない(苦笑)他に既に順応でノーマルルートからデナリを登頂してきた北海道の男女の日本人パーティも。この後はカシンリッジを狙うとか・・・。
夜も風が無くて穏やかな1日だった。明日はいよいよ氷河歩き!

5月15日 晴れ→曇り→夕方、快晴
カヒルトナBC10:50→16:40C1

朝8時くらいまで爆睡。ほとんどの外国人パーティは既に外に出て、出発準備をしている。初めてのソリ引き装備に四苦八苦しながらも、なんとか歩き始めるが・・・暴走するソリに大苦戦。。特に最初の下りはヤバかった…。マウントフランシスを回り込むあたりになると、初めに比べればだいぶ慣れた感じがしたけど、いやはや本当に疲れました。休み休み歩き、出発から5時間50分でC1に到着。目の前には急坂…、明日が思いやられるが、なるようになるしかない。頑張るだけ。
夕方から劇的に晴れ、目の前に巨大なデナリ南壁が姿を現す!ハンターやフランシス、カヒルトナドーム…写真を激写していると友人のよーすけさんと出会う。今日はここからC3まで荷上げをしてきたという。パートナーの方は北海道・南富良野の方だった。ともに登頂できたら良い!
夜(といっても明るいが・・)は星野道夫の「ノーザンライツ」を読む。その舞台もここアラスカの大地である。

5月16日 晴れ、頂上方面風強し
C1(2400m)8:10→16:30C3(3300m)

今日の行程は長い。途中で1泊もありか、という話もあったけど、結果的には一発で上がってしまった。朝から快便!(笑)C1から目の前の斜面を1時間ほどかけて登りきると、あとは奥に見えるコルを目指しての、ひたすらの氷河歩き。下ってくる外国人パーティもちらほら。聞いてみるとどうも皆天気が悪くてデナリには登れなかったらしい。。さて、自分らはどうなるか?
カヒルトナドームを左に仰ぎながらひたすらだだっ広い氷河の雪原を歩き、コルの手前から右にトラバースしてゆく。右方のセラックが気になる斜面をゆるやかに、最後は一気に登るとようやくC3が見えた。残り10分くらいだろうか。そこからがまた長かった。。
C3は結構なテント村になっていて、上手いことブロック跡を利用してテント設営をすることができた。テントに入ってひと段落し落ち着くまでに1時間半くらいを要した。そのうちに同じく今朝C1を出てきた後続が到着し始めてきた。よーすけさんらも19時前くらいだったか、無事到着されていた。
なにはともあれ、難関のひとつソリ引きが終了。イヤッハー!2日目の今日はかなり慣れて、良いペースでは上がってきたが、変に体力を消耗する…。ソリ引きが無いに越したことは無い(笑)
明日はウィンディーコーナを過ぎたあたりまで荷上げをする予定。標高も4000mを越えるので、身体の調子はどうだろうか。
アラスカ・デナリ(マッキンリー)No3
5月17日 晴れ→夕方から雪
C3(3300m)10:50→15:45C4(メディカルキャンプ・4300m)16:35→18:30C3

夜は上手く寝付けず、しまいには変な夢を見てしまい最悪の寝起きだった。。8時過ぎに起床すると、もう外国人パーティは出発し始めている。相変わらず早いなぁ(笑)
自分らはのんびり11時前に出発。この日も朝から快便!調子は良い(笑)
出発準備をしていると、よーすけさんがデポ品を回収に来るが・・・すごい量だ(笑)メディカルキャンプまでの荷上げが大変そうだなと思う。よーすけさんらはこの先もソリも使うらしい。

C3から目の前の急斜面に取り付く。みるみるうちに高度を上げ、クレバスをまたぎながら稜線に出る。C3からも目立つ岩峰が正面に大きい。後続に道を譲りながら、トラバースをしながら登って行くと大きな雪原に出た。先行グループが見える。ソリを使っているグループも多いが、急斜面にかなり苦戦しているようだ。雪原の向こうのカールの斜面を登りきったコルの向こうが、かの有名なウィンディーコーナらしい。

ウィンディーコーナは風も無く穏やかだった。ウィンディーコーナを過ぎた雪原にデポしているグループもいたが、調子も良くて上がれるならC4まで荷上げしておきたいので、さらに進むことに。ここからはなだらかに登るのだが、巨大なクレバスを迂回したりでかなり時間がかかった。最後の最後までC4(メディカルキャンプ)は見えない。約5時間でC4に着いた。ヤドカリできそうなポイントは無く、ひとまずは荷物をデポするために穴を掘る。40分ほどかけてデポ作業終了。良い順応作業になったと思う。下りはハンター峰やデナリを写真に撮りながら、のんびり下る。しかしながら、ウィンディーコーナを過ぎたあたりから雲がかかり、雪が降り始める。途中、ホワイトアウト&結構な雪降りになるも、トレースや旗を頼りにC3まで無事下山。C4からの下りは2時間かからなかった。

夜はしんしんと雪が降った。
この旅で初めての本格的な雪降りとなる。
なかなかに寒い。星野道夫の「ノーザンライツ」を読みながら、夜は更けて行った。

5月18日 晴れ
C311:35→18:00頃C4(メディカルキャンプ)

5時半頃に目覚め外を眺めれば雪は止み、快晴に!雪が降っていれば今日は停滞・・・
とか思っていたけど、そうはいかないようだ(笑)宮西さんの荷物はかなり重いらしく、「今日はかなり苦戦し、ゆっくりになると思う」とあらかじめ宣言される(笑)
地元・アラスカのグループらと前後しながら、ゆっくり確実に登って行く。宮西さんは後ろから見る姿もかなりきつそうだ。幸い天気は良く、風も無い。

ウィンディーコーナを過ぎ、デポ地点へ行くと、よーすけさんパーティと出会う。
今日はここにデポして、明日ふたたび荷上げするようだ。「また上で!」と挨拶し、先を行く。ここからC4は意外と長い。
そしてデナリは正面に圧倒的にデカく、雄大だ!デカすぎる!!
宮西さんは調子がいまいちのようで最後の丘越えは相当きつかったようだが、無事にC4に到着。「身体が落ち着くまで少し休ませてくれ」と言う宮西さんが印象的だった。上手いことテント跡地があったので、そこにテントを設営。偶然にもLPから前後して行動しているスイス人カップルの隣だった。落ち着いて、飯を食べ、気がつけばもう22時(笑)明るいので全く時間感覚が無い・・・。アラスカの登山の核心はこの白夜かもしれない。
アラスカ・デナリ(マッキンリー)No4
5月19日 晴れ→昼前から爆風
C4(メディカルキャンプ)滞在

夜はとても寒かった。さすがに標高4000mを越えてきたことはある。羽毛服などのデポ品を雪から掘り出しとけば良かったとも思ったが、後の祭りである。昨日は疲れていた掘り出す気力が無かった。朝の最低気温は確実に氷点下20℃を下回っていたと思う。マイナス25℃〜マイナス30℃近くいっていたのではないか。テント内は霜でバリバリ、シュラフやシュラフカバーも濡れ・・・。

5時頃、テントから顔を出すと、フォーレイカーやハンターが朝焼けに染まり鮮やかだ。カメラを取り出し激写するもいやはや寒くて寒くて・・・。今日は昼過ぎから標高5000mぐらいまで高所順応をかね荷上げに行く予定だったので、ウトウトしていたが9時頃に太陽光がテントに当たり始めると、霜は一気に溶け出し、テント内は雪まみれに。。

昨日のデポ品を掘り起こし整理などをしてると、昼前くらいから風が強くなり、テントが煽られ・・。こりゃあいかんと言うことで、意を決して外に出て補強するも危険を感じ・・・、宮西さんを呼びひたすらブロック雪を囲い、積み上げテント周りを補強。爆風の中、なんやかんやと2時間以上もやっていた。嘘のように静かでブロックの大切さをこの極地で痛感・・・。その後はスイスの男性と談笑。

当然この日の荷上げは持ち越し。アタックキャンプに上がって行ったグループも大半がこの風に引き返してきた。夕方、レンジャーがやって来てあれこれ話す。予定などを聞かれ、情報を聞いたりする。自分らは個人隊で英語も喋れない、注意グループのひとつだろうけど・・(苦笑)天気の事などいろいろ教えてくれありがたい。このレンジャーとはC1からずっと一緒だが、お客をガイドするがてらいろいろ見回ってるらしい。頂上アタックも一緒だったりして。今日は結果的には荷上げができなかったが、良い休養になったと思う。6日目にして初めてのレストだ(笑)日程的には順調でサミットを何度か狙えれるはず。
あとはお天気次第である。お天気が悪ければ絶対に登れない。1回で決めたいので、お願いしますよ・・・!

5月20日 晴れ
C41015→1520ヘッドウォール→1600標高5000m1710→1805C4

昨日ほどではないけど、寒い朝。シュラフやシュラフカバー、テントは霜でバリバリ…。夢は何回か見たけど、今までの中では良く寝れたと思う。この高度(4300m)にも順応したきたみたいだ。
今日はヘッドウォールの上、標高5000m付近まで荷上げ。10時15分頃にC4を出発する。前後には結構な人。すぐ隣にテントを張っているアンカレッジ在住のジェドさんパーティと前後して登る。休憩中にジェドさんの相方がナルゲンボトルを落とすが、なんとそれを後方の宮西さんがキャッチ(笑)雪の斜面で運よくキャッチできたけど、でも結構危険なことかも。落石みたいなもんだからな。さらに登って行くと前に倉岡ガイドや近藤健司ガイドらのグループをガイドしたと言うアメリカ人の国際山岳ガイド氏にも出会い、そのお客さんは日本語が少し話せる女性だった。

ヘッドウォールのフィックスロープはすごい渋滞。結果的に1時間以上待ったのではないか。。すごかった…。ブルーアイスの斜面をユマーリングして登る。エベレストもこんなんなんかな・・・と想像しながら。渋滞していて、自分のペースで登れないので、やたらに疲れた。。ヘッドウォールを登りきり、稜線を100mくらい登った所に荷物をキャッシュ(デポ)。

しばし眺めを堪能。風もなく穏やかで気持ちが良い。ハンターやフォーレイカー、そして巨大なカヒルトナ氷河が素晴らしい。デナリの頂上稜線もだいぶ近づいてきた。結局は1時間以上も標高5000mにはいた。とても良い順応になったと思う。

下りはあっという間。フィックスロープは懸垂下降をせずヒマラヤで教わったアームラップで一気に下った。この時間でもハイキャンプを目指す登山者で登りのロープは大賑わい。すれ違いざまに5人くらい(主に山岳ガイド)と談笑する。1人でガンガン下ってたからな・・・。登りで5時間かかった道をわずか55分で下ってしまう(笑)

日が長いので、シュラフを干したりまったりする。20時にジェドさんが無線で天気予報を聞いていたが、どうもいまいちなようで・・・「でも明日上がって、最大5日くらいはファイナルキャンプで粘るよ!」と笑顔で言ってた(笑)僕らも明日上がる予定。食料も十分上げたし、5日は粘れるはず。後は天の神様が微笑んでくれるかどうか・・・信じて待つ…我々に出来るのは人事を尽くして天命を待つ、それだけである。
アラスカ・デナリ(マッキンリー)No5
5月21日 晴れ
C4・1125?→1850C5(ハイキャンプ)

荷物を一切合切全て背負いハイキャンプへ。ヘッドウォールでの渋滞は昨日ほどではなく、のんびりと登る。デポ品を回収し、一段と重くなったザックを背に、ハイキャンプへ。荷物が入りきらず外付けをしたため、バランスが悪くなり気をつかう。いやらしいトラバースを慎重になおかつ気合いを入れクリアし、フィックスロープの交じる岩稜帯を進む。稜線はそれほどでは無いが風があり、寒い。。息が切れる中、ハイキャンプ着。目の前にデナリが大きく、デナリパスが左手によく望める。テントを設営する前に遅れている宮西さんを迎えに行く。かなりきつそうだ・・・。風が強くアメリカ人のジェドさんらと協力してテント場を造る。風が強いので、ブロック壁を高くして。標高5200mを越えての、設営作業は息が苦しい・・・。途中からはスイス人のペアも手伝ってくれ、大変助かる。感謝。素晴らしいテント場ができた。明日のお天気は微妙なようで、疲れもあるしレストが濃厚。いよいよデナリの頂への頂上アタックまであとわずかである。

5月22日 強風→晴れ→夕方から超爆風
ハイキャンプ滞在

朝起きるとガスがかかり、風もあり、今日のアタックは無理そうだ。レストと決めこめ、昼前みでのんびり寝ている。テント内の霜がすごい。。今日は風がとても強く、
デナリの稜線も雪煙が舞い上がる。宮西さんとアタックはいつになるか、下山のこと、その後のことなどを話したりする。
ハッピーエンドで終われるかは、お天気様次第。夜の予報では明日がベストで、その後は徐々に悪化するとの情報をジェドさんから得る。いよいよアタックか・・!夜になるにつれ風は強さを増し、明日の晴天予報が信じられないぐらいに…。風速30mはあったと思う。スノーバーや雪のブロックでがっちり固定したテントが激しく揺れまくり・・・。晴天を信じて朝を待った。「なにがなんでもマッキンリー登るぞ!」
アラスカ・デナリ(マッキンリー)No6
5月23日
C5・820→デナリパス→アラスカ・デナリ(マッキンリー・6168m)→1800・C5

マッキンリーに登頂しファイナルキャンプに無事下山した今の感想。これだけの巨大で美しい氷河を持つ山。そこで単独登山はするべきではないなと思った。今日見た輩と同じように、ロープをつけずにアタックしている自分らもクレイジーと思われているに違いない。アラスカにまた来ることがあるかはわからないけど、ロープをつけずに単独で来るようなことは無いだろう・・。。なにはともあれ長い1日だった。

最後にひとつ。先程も書いたが、デナリことマッキンリーでも、お天気ひとつで大きく変わる。僕が登れたのはお天気のおかげ。宮西さんが敗退したのはその頃から降ってきた雪も要因のひとつ。そして夕方、雪という状況にも関わらず、登ってくる多くの人。その後晴れたから、そのうち登れた人もいるだろうし、テントの隣人アメリカンも雪のフットボールフィールドですれ違いその後登頂し、夜11時頃帰ってきた。
まだまだ明るいアラスカの白夜の夜。だからこそ可能な登山なんだろうが、白夜とはいえ夜は相当冷え込むし、なんか日本とのギャップを感じた。マッキンリー登頂という事実、でも…。僕は登れたから良い。
でも、宮西さんの心中やいかに・・・。
アコンカグアでも感じたけど、なにかの冠が付くような有名な山はこういうことがある。エベレストしかり。実力ではなく、お天気という運も。登れたという事実じゃなく、内容、過程が評価されるのが今の真の山の世界。あとはその登った本人がどうとらえるか、か・・・。デナリに限ることなく、日本の山でもしかりだが。

僕が偉大なる山・デナリに登れたのも天気予報などの情報により、それに順じて風も弱いお天気に恵まれ、登頂できた。嬉しいことは間違いないのだが、威厳をはれるものではない。やれることをやり、あとは自然が微笑んでくれるのを待つ。アコンカグアもそうだけど、日程・食糧などに限界のある個人登山、ここぞというタイミングでお天気が当たらないと登れるもんも登れない。「あの5月23日は風が弱く良いお天気だったから」デナリ登頂について言われたら、こう淡々と言うだろうと思う…。僕がどうこうじゃなく、 デナリに登らせていただいた。その気持ちを忘れないようにしたい、と再認識させるアラスカ・デナリ(マッキンリー)でした。ここはデナリ(マッキンリー)のファイナルキャンプ。デナリ登頂を果たした、この条件下では、話が長くなり支離滅裂になりそうなので、このへんにしておこう・・・。

5月24日 晴れ
C51330→1540C4(メディカルキャンプ)

5月25日 雲時々晴れ
C41620→2200C1

5月26日 晴れ
C1→LP→タルキートナ

LPでは偶然にもやんまぁさんと出会う。昨日までは天気が悪くてタルキートナーで停滞していたらしく、今朝入山してきたようだ。アラスカの氷河の上での出会いをお互いに喜び、驚く。同じく今日入山してきたというAG隊もおり、冬の赤岳鉱泉の常連である高野さんや、立山ガイドで国際山岳ガイドの北村さんともお会いする。そしてTakaさんとも再会する。Takaさんによれば天気は明日から1週間以上ずっと悪いようで・・・。今日飛ばないと、ここに缶詰めにされるかもと言うてた。
アラスカ・デナリ〜旅概要〜
5月12日 荷物量63kg
日本・羽田空港0:30→
5月11日
→アメリカ・シアトル→
5月12日
0:50アンカレッジ
空港泊
昼間・アンカレッジ準備
5月13日
アンカレッジ準備
5月14日
アンカレッジ→タルキートナ
タルキートナ→カヒルトナ氷河
5月14日~5月26日
登山期間13日間
5月23日
アラスカ・デナリ(マッキンリー)登頂
5月26日
カヒルトナ氷河→タルキートナ
5月27日
タルキートナ→アンカレッジ
5月30日
アンカレッジ1:05→シアトル→アトランタ→ペルー・リマ23時20分着
リマ・空港泊
アラスカ・デナリNo7〜装備&経費〜
◎ガッシャブルム黒23kg
・シュラフ大
・シュラフカバー
・ダウンジャケット(MP)
・ダウンパンツ(MP)
・テントシューズ(MP)
・ピッケル
・アイゼン×2
・ストック
・スコップ
・ゾンデ
・ハーネス
(ATC、ユマール、タイブロック、環付カラビナ×7、スリング数本(5)
・オレンジ袋
(ウール手袋、靴下新品×2、ウールインナー長袖(パタゴニア)オーバー手袋(BD))
・銀マット
・テントマット
・ペグ
・捨紐×2
・ゴム紐
・ピーボトル
・コッヘル
・食器
・本11冊など
・食料、スープ他
◎ブラックダイアモンド19kg
・テント(エスパース)
・アウターシェル上下
・青袋(ダウンミトン、アウター&ウール手袋×2)
・黒ナイキ袋
(医療品、電池、ビニール袋)
・テルモス
・マグカップ
・青衣類袋
(ダウンジャケット、中間衣、アンダーウェア、保温タイツ、ズボン、下着など)
・紺ナイキ袋
(サングラス×2、ゴーグル、ヘッドランプ×2、目出帽、ニット帽など)
・アイゼン×2
・ハーネス

【デナリ費用】
・銀行口座47万円[VISA](うち飛行機代30万円)。
・所持金(羽田空港出国時)
1732ドル(日本円18万円分)+日本円約2千円。※1ドル=104円

アラスカ・デナリ入山料
事前申請・370ドル

八王子駅~羽田空港
バス代1800円。
旅行保険代・約37000円。

☆アメリカ・シアトルの入国時に没収された主な物。みそラーメン5食、乾燥パスタ全て、パスタソース2食以外全て、ふりかけ等。肉成分の物は基本的に全てOUT。

・マック8ドル
・ATM→100ドル引き出す。
銀行口座、残り実質16万円分ほど。
・REI(ガス×4、ナイフ、細引き、ドライフーズ…)=95ドル
・AMH(パタゴニア大型ダッフルバッグ159ドル、MSRスノーシュー270ドル、スノーバー30ドル、ゾンデ[プローブ]55ドル、スポルティバ・オリンポス8000=891ドル[カード払い]、カラビナ2つ)

・★182ドル=ホテル2泊・アラスカ鉄道(アンカレッジ~タルキートナ片道)代

※この時点で所持金1050ドルほど。1000ドルは別に。クレジットカードはあるもののペルーで使用できるか未知につき心配なのであえて宮西さんに借りる。手持ち現金が安心なので。

・★タルキートナ→デナリBC
小型セスナ(タルキートナエアタクシー)=600ドルほど

・デナリ入山手続きで現地でプラス10ドル支払う。合計で入山料380ドル。

・★タルキートナ飯代=50ドル
・★アラスカ鉄道=76ドル
・★ホテル代2泊分=140ドル
・★荷物超過代=50ドル

★宮西さん借=10万7千円。帰国後精算。
アラスカの思い出

2014年5月のアラスカ・デナリ(マッキンリー)遠征の写真アルバムがようやく完成。
心の琴線に響く写真ばかり。
紙の写真は素晴らしい。デジタル画面の画像では伝わらない、紙ならではの力がある。
極北・アラスカの大自然に友と2人で挑んだ、あの厳しい13日間が蘇ります。
デナリの写真を振り返り

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アラスカ・デナリ(マッキンリー・6168m)。
原住民の言葉で「偉大なる山」という意味のデナリ。
心に強く響く写真が多い。
極北の大自然に挑んだ、あの厳しい日々を思い返す。
写真はファイナルキャンプへ向けて標高約5200mのウエストバットレス稜線を行くアメリカ人のJed。
目指す頂はまだまだ遠い。

・・・

今日の入山は中止。
昨日より続く雷雨による。
時間があるので、今までの山旅の写真を見ていた。
日本の山も、海外の山も、写真を見ているといろいろ思い出す。
僕と山を歩いた人はわかると思いますが、僕は山の風景写真を撮るのが好きです。
これだという風景には出来る限りカメラを向けます。
山旅で撮れた写真を見返す時間はとても好きな時間で、大事にしたい時間。
一期一会の景色。
自然の景観に僕は魅せられ続けています。